天明のいわれ

(旧天明町)

佐野の鋳物師は、ずっと昔から、八月一日の八朔に宮中(天皇の住まい)へ灯篭をささげるならわしになっていました。ちょうど、近衛天皇の時代(1141年〜55年)に、天命家次という人が鉄の灯篭をささげました。その灯篭の光は不思議にも天までとどき、人々をおどろかせたようです。そこで、宮中の役人であった源頼政という人が、そのりっぱな灯篭をささげたことを祝って、家次に、天をも明るくしたという意味の「天明」というみょう字をおくりました。天明という地名はここからおこったといいます。

(「佐野町郷土誌」より)

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