唐沢山の井戸

                    

(佐野市富士町)

昔から、唐沢山には二つの井戸があります。今でも、水をたたえている「大炊の井」と社務所のわきを下がったところにある「車井戸」です。この車井戸は藤原秀郷の時代にできたといわれ、井戸の口の大きさが約2メートルで、ふかさはたいへんなもので、底がわからないほどです。いい伝えでは龍宮城につながっているともいわれています。
その昔、平将門という人が反乱をおこし、これをしずめた藤原秀郷は、そのほうこくのため都へ行くことになりました。と中、近江の国の瀬田川にさしかかった時のことです。その川にかかる橋の上に、それはそれは大きな、太さが酒樽ほどもある大蛇がねていました。ふつうの人なら、とてもとてもおそろしくてその橋を通ることができません。ところが、秀郷は、そんなことはまったく気にもせず、馬に乗ったまま、またいで通ってしまいました。すると、どうしたことでしょう大蛇はズルズルと川の中へ消えてしまい、かわりに、水の中から美しい姫があらわれました。そして秀郷に話しかけました。

「わたしは、龍宮の乙姫です。秀郷公が、今日この橋を通ると聞いて、さっきはけらい の大蛇をつかわせてあなたを試してみたのです。たいへん失礼なことをしましたが、わ たしのたのみをぜひ聞いてくだされ。」

と、いうのです。実は、秀郷がたいへん勇かんな武士だといううわさがあったので、それが、本当のことか、この乙姫は大蛇をつかって試したのです。
 秀郷は馬から下りて、乙姫の話をきくことにしました。

向うに見える三上山に、とても悪いむかでが住んでいるのです。毎年、わたしのけらいを食べてしまうのです。実は、今夜もおそいかかって来ることになっています。たたかってもかなわないのです。どうか、わたしたちに力をかしてください。どうか、あのむかでをたいじしてください。」

と、乙姫がたのむと、秀郷は

 「それはお気のどくなことです。分かりました。わたしにおまかせください。」

と、答えると、乙姫は水の中へ帰っていきました。
 その日の夕がた、秀郷がさきほどの橋の上に来て待っていると、空が急にくもり雷がなり出しました。すると、そのうち、三上山に二つの大きな火がもえ上がりました。よく見ると、それはむかでのらんらんとした目でした。長いどう体をぐるぐると山にまきつけ、つめをするどくかまえ、いまにもおそいかかろうとしています。

 秀郷は、
「ここぞ」

と弓に矢をつがえ、橋のらんかんに左足をかけて、弓を引きしぼり、ねらいを定めて、矢を放ちました。当たったような感じはするのですが、まるで、鉄の板に当たったような大きな音で、矢がはね返ってしまうのです。

 「そうだ、むかでにはつばきがいいのだ。」

と、思いつくと、矢の先につばきをつけて、前のように矢を放つと、らんらんと光る二つの目の間にあたったのです。みけんを打ちぬかれたむかでは、たまったものではありません。しっぽをはね上げたり、うち下ろしたりしながら、地ひびきとともに、湖に入ったかと思うと、腹を見せてのびてしまいました。まだ、波だつ湖の上に、乙姫と白いひげをたくわえたりっぱな男の人が、あらわれました。そして、秀郷に向かって話しかけました。

 「わたしは龍神です。あなたのおてがらをほめたたえ、この後あなたを守ってさしあげましょう。唐沢山には、井戸を下からほりあげて、龍宮へ続けましょう。あなたの望む品物があったら、それを書いて、井戸に投げ入れてください。すぐに、その望みをかなえてあげましょう。」

といって、さらにお礼の品物をさし出しました。

「このよろいは、ひらいしといって、てきの矢がさけて通るよろいです。そして、このたわらは、いくらでも米が出てきます。ただし、そこを上にしたり、たわらをたおした りしないようにしてください。」

 秀郷は、ありがたく、それらを、受けとると、深く頭をさげました。すると、姫と龍神は、湖の中へすうっと消えて行きました。
 唐沢山へ帰った秀郷は、急にものが必要になった時は、夜のうちにその品物を書いて井戸へ入れると、次の朝には、必ず、その物が、井戸のふちに置いてあって、たいへん助かったといわれています。これが、今も残る「車井戸」であるといわれています。

解説]

「唐沢山の井戸」について

 秀郷公にまつわる話は、唐沢山を中心に、あちこちに伝えられています。本文は、小林晨悟著「下野の昔噺」昭和三十年を参考に、いわゆる秀郷の「むかで退治」の話のモチーフを中心に構成しました。
 避来矢の鎧の伝承を伴う鎧は、現在も、唐沢山神社に保管されています。また、米が無尽蔵であるという俵は、その後、家来が、底を上にしたため米が出なくなったといいます。「車井戸」の話は、市内の伝説「まこもが池」とおなじように、椀貸し伝説と同じ系譜に属するものです。

(佐野市教育委員会「佐野の伝説・民話集」より)

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