
(佐野市栃本・戸奈良町)
天正2年(1574年)、10月のことです。上杉謙信(越後の竜)は、10回にわたり唐沢城を攻め落とそうとしましたが、ことごとく失敗に終わりました。

謙信は、高鳥屋山(戸奈良)から唐沢山を望み、佐野城主、昌綱がなくなった今が絶好の機会と、瑞巌坊と言坊さんに城の内外を調べさせて、攻め落とすことを企てました。
ところが、跡を継いだ、城主、佐野宗綱は、地獄沢の戦いで相手に油断をさせる戦略をとり(弓矢が届かないように見せかける)、見事相手を撃退させました。
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