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  駅   市内を貫く、JRと東武鉄道の駅   8箇所の駅がある

鉄道は、JR両毛線が市域を東西に横断、両毛圏の足利、栃木、小山と連絡し

東武佐野線は、市域を南北に縦断し首都圏までの各市町を結んでいる。




葛生駅   地図を見る

東武佐野線の終着駅

かつて当駅から、セメントを運ぶための貨物線が引かれていた。貨物輸送が廃止された後は、殆どが撤去されているが構内は広く、かつての貨物線の名残を伝えている。

かつては旅客用も含め20本のホームがあり、東武鉄道で最大のターミナル駅であった。

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多田駅

無人駅  駅舎が寂しい

朝夕は当駅での列車交換が多い。上下線間が空いているのは、かつて盛んだった石灰石輸送の貨物列車用中線跡で、跨線橋に架線跡がある。駅舎は、歴史が伺える造り。

08年春にに取り壊された。
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田沼駅

旧田沼町の玄関口

駅としては、地味。朝夕の通勤通学の賑わいのみ?
田沼地区に北関東横断道路のIC出来る。
今後流通の拠点として発展する。
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吉水駅

無人駅  ホームだけ

1915年大正4年)7月 開業。

1973年(昭和48年)9月 駅無人化

この駅が開業する前は、現在の堀米駅が吉水駅を名乗っていた。



堀米駅

無人駅  ここもホームだけ

1日平均乗降人員500人弱




佐野駅

JR両毛線と東武佐野線
相互乗り入れの駅舎

駅舎は平成15年竣工。

自由通路が併設され北側へ渡れる。南口は市の中心部へ続いているが、郊外に大型店舗が出来たために中心市街地の空洞化・衰退化が目立つ。物寂しさが否めない。


右上は旧駅舎の写真。


佐野市駅

東武佐野線
はじめてこの地を訪れ、
佐野駅と
間違い降りてしまう人もいる

田島駅

無人駅

駅舎は古い木造のもの。
使用していない。
ホームへ行くには駅舎を通らずに
地下通路を利用する。


この駅舎も取り壊されて現在は無い。


東武佐野線について


佐野線の前身は、1888年に葛生〜越名河岸間で開業した安蘇馬車鉄道である。
江戸時代から葛生で産出される石灰石を運ぶための馬車鉄道で、越名河岸まで運ばれた石灰石や木材などは、船に積み替えられて渡良瀬川から利根川を下って東京方面に運ばれていた。
やがて輸送力の限界から1894年に蒸気機関車による鉄道に変更され、社名も佐野鉄道に改められた。

1912年に佐野鉄道は東武鉄道に吸収合併された。この頃、東武鉄道では日光進出の計画を立てており、当初は館林から佐野、葛生、鹿沼を経由して日光まで結ぶ構想であったため、ルートの重なる佐野鉄道を合併したのである(のちに日光へは栃木経由に変更)。
東武鉄道は佐野鉄道が持っていた鉄道敷設免許を利用して館林〜佐野間を建設し1914年に開業。館林〜葛生間直通運転を開始した。
館林や東京浅草まで直行できる鉄道ができたことで、佐野町〜越名河岸間の旅客・貨物輸送は著しく減少し、1915年には旅客営業を休止し1917年に廃止された。

葛生からの石灰石輸送は東武鉄道となってからも続けられ、葛生駅から先では東武の会沢線・大叶線、日鉄鉱業鶴羽専用鉄道といった貨物線が延び、佐野線でも貨物列車が多数運行されていたが、トラック輸送への移行が進み、1997年までにこれらの貨物線群や北館林荷扱所〜葛生間での貨物列車運行は廃止され、残った久喜〜北館林荷扱所間の石油輸送も2003年9月に廃止された。

2006年3月より、合理化のため全線でワンマン運転を開始した。