2007.12.1 「茂木さんの話」
脳科学者の茂木健一郎氏の講演を最近聞きました。
私立幼稚園の全国組織である全日本私立幼稚園 PTA 連合会の大会でのことです。
茂木さんは NHK の人気番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」のキャスターとしても有名で時代の売れっ子の一人であります。
脳科学の発達のおかげで今までよく分からなかったことが解明されています。
最近では 「赤ちゃん学」 などという言葉もでき、生まれたばかりの赤ちゃんの高い能力も解明されてきています。
例えば 赤ちゃんはお母さんと見つめあうだけで脳内物質ドーパミンを分泌するそうです。 ドーパミンはものごとを進める 「意欲」 などの素になる物質とも言われています。
また人間がありとあらゆる学習を進める際の動機づけを促進する物質のようです。
お母さんが赤ちゃんをしっかり抱いて見つめあう、そんな日常的な行為に対して脳科学はまことに意味のある裏づけを与えてくれたのです。
見つめあうとドーパミンが出ることはその後もずっと続くそうで、生活発表会などにお母さんやお父さんが来ていることを確認する (つまり親と目が合う) とドーパミンが子どもの脳内に分泌され、
やる気を起こし頑張ってすることができるのだと説明をうけました。
また、赤ちゃんは生後すぐから 丸い枠の中の 2 つの点を凝視することもわかっています。 丸の中の 2 つの点とは勿論人の顔でありますから恐れ入ります。
「赤ちゃん学」はこのように現代の脳科学や行動分析をベースにし赤ちゃんのすごい力を私達に改めて教えてくれています。
しかしそれは古代人が普通に子育てという営みの中でずっと続けてきたことでもあるのです。
彼らはドーパミンという物質の存在は知らなかったかもしれないが、小泉元総理ではないが 「抱いて育て、そっと離して、陰で見守る」 (記憶は確かでないが)といった対応が
人間の子を育てる際に重要である事を認識していたのでしょう。
茂木氏はこうも言っていました。
「いっぱい遊ぶことがなによりもの子どもの成長を促す事なのです。ゆったりした気持ちでどうぞ遊んでください。」
これは小泉元総理ではなく全国の園長先生方の言葉と同じでありました。
追伸 見つめあうとドーパミンが出るのは夫婦でもあてはまるそうです。
お試しください
2007.11.1 「 講演いろいろ 」
私は園長としては比較的講演を頼まれることが多い方だと思います。
先月は 3 回ほどしましたがみなそれぞれに楽しくする事ができました。
長野県の私立幼稚園の先生方にお話に出かけたのは 10 月 12 日のことです。
私がかかわっているステップブックという幼稚園での補助教材の編集会議が前日に夜遅くまであったので東京に泊まり、朝新幹線で上田に向かいました。
長野ってすごく近いのにビックリしました。 1 時間半くらいで東京駅から着いてしますのですから。
佐野から行ったらもっと遠いですね。 実際帰りは両毛線を高崎で 30 分、桐生で 30 分の待ち合わせで 2 時間 30 分以上は有にかかりましたから。
道路もそうなんだけれど東京から放射線上に何でも整備されてしまうのですね。 地方と地方は距離は近いけれど移動は遠いというわけです。
話の内容は「幼稚園にとって大切なもの」だったでしょうか。 園長先生方へのお話でした。
帰りに頂いた葡萄の巨砲が甘くて美味しかったです。
当園のお弁当のお話もしましたら、お弁当の歌を作ったという飯田の園長先生から後日自作の CD を送っていただきました。
講演でいろんな繋がりができるのが嬉しい事です。
あくる 13 日はとちぎ男女共同参画センターの 「パルティ」 でお話をしました。
講座名は 「パパの子育て応援講座」 ということで 15 組程度のパパとママが参加していました。 私は 3 回シリーズの最終回を担当しました。
テーマは 「賢い子を育てるための親の心得 7 か条」 というものです。
この参加者は講座のチラシを見て、だいたい母親が父親に対して行こうと呼びかけているようです。ただし中には自分から応募したというパパもいましたがやはり稀なようです。
その中で自己紹介を頼んだところ、多くのパパがママのことを 「うちの嫁が」 と呼ぶのにすこし驚きました。(そんな場合私はなんと呼ぶのだろうか・・・・・)
帰りに宇都宮美術館でオールド・ノリタケの陶器の展覧会を見ました。
広い森の中にある美術館でどんぐりの実が雨のように車の屋根に降っていました。秋を感じる事がお陰でできました。
秋ついでに宇都宮の日帰り温泉に入って帰ってきました。
25日は佐野北中学校の 2 年 5 組の生徒に仕事と生き方についての話をしました。
誰か卒園生はいるかなと思って名簿を見させてもらうと 3 人の女の子の名前がありました。
楽しみに教室に入ると昔の面影を残してちょっと恥ずかしそうに座っていました。(ひとりは英語の弁論大会に出ているので会えませんでした。)
いきなり名前を呼ぶとさらに照れましたが 「そんなこと関係ない!!」 とばかり 「大きくなったね○○ちゃん」 と事実を述べて本題に入りました。
いろんなところで呑竜幼稚園の子達が成長している姿を見るにつけ嬉しくなります。
老若男女いろんな人にお話をする事は断わらないようにしています。
ただし正直言ってる事とやってる事がかけ離れないようにすることは難しく、話せば話すほど恥ずかしくなる事が多くなるというのが実情であります。
2007.10.1 「 四国の旅」
9月の26日、27日と香川県高松に行きました。 幼稚園の全国組織の会議があったからです。
27日の会議が終了後、会場から歩いて15分ほどの保育園を訪れました。
15年以上前に保護者の方に講演をした高松の街中の園です。
園長の堀先生とはそのとき以降東京で何回かお会いしましたが、久しぶりの対面です。
約束もなく、本当にふらっと訪れたのですが、快く迎えていただきました。
お寺の保育園で鉄筋の本堂の下が遊び場になっています。
小さな幼児もいるので、保育士さんもいっぱいいて本当ににぎやかな様子でした。
9月も下旬というのにうちと同じで蚊取り線香が焚かれています。
しばし歓談をかわし帰ろうとしますと、「小林先生は硬いのとやわらかいのどっちが好き」 と聞かれました。
「えっ」 とつまるとそれはうどんのことです。 「あ、讃岐うどんですね。どちらかといえば硬い方です」 そんな会話を交わした後に車でうどん屋さんに行くことになりました。
行き先は隣町の坂出市。 道中に81番の札所である白峰寺と82番の根香寺にもお参りしながらの1時間のドライブです。
坂出市市役所の北側の「家康」というお店がその目的地。
かえしうどんから始めて3杯いただき、特製のおみやげまでいただき讃岐のうどんを堪能することができました。
堀先生とは仏教保育協会という組織を通じての面識なのです。
仏教保育は幼稚園・保育園を問わず 「いかせいのち」 の言葉のもとで仏の子を育てるという共通の理念で結びついています。
日本中のいろんな場所で子ども達はたくましく育っています。 そしてそれを支える大人がたくさんいます。
本当に有難いことです。 今回は遠く旅した先でのお話をさせていただきました。
2007.9.1 「
親も楽しい幼稚園 」
「忍者会」「二三(ふみ)の会」「カタクリ会」これらは当園にある親の会の名称であります。
私が把握しているこの手の名前がある会はそう多くはありませんが、規模の大小はありながらも卒園してからも保護者同士の親交は続いているようです
当園には幼稚園の考え方を一言でいうところのキャッチフレーズが3つあります。
「楽しくなければ幼稚園じゃない」 が最古のものですが、その後、「親も楽しい幼稚園」を付け加え、最後に「卒園しても幼稚園」というものを加えました。
最初の「楽しくなければ幼稚園じゃない」は言うまでもなく、遊びを通した教育である幼稚園とはまず子どもの楽しいという気持ちを一番大切にしたいと思ったからです。
楽しいから繰り返しする、繰り返しするから試行錯誤や上達があり、その中での学びや発見もたくさんある。
そんな幼稚園にしたいという意味です。
さて今回お話ししたいのはキャッチフレーズで言えば「親も楽しい幼稚園」のところなのです。
先に上げたの親の会も、縁あって我が子を同じ幼稚園に通わせた親達が自分自身も気の合う友達を見つけ、
その後の子育ての中で励ましたり、されたりしながら、時には愚痴を言いながらもリフレッシュや楽しく交流を図っている会のようです。
「忍者会」 これは古い会です。秋の運動会の時に親も子も忍者の格好でした年の会です。この会の特徴はなんといっても夫婦同伴での親交というものです。
幹事さんがいて持ち回りで開催していました。
私もよく参加させてもらいました。なんとその子たちはもう30歳にならんとしていますのでおじいちゃん・おばあちゃんになっている人もいます。
子育ても終わりリタイアして第2の人生を送っている方もいますが、子どもが幼児期のころ、いや自分の若き時の思い出話が楽しい会です。
「二三の会」 は強力なリーダーシップを発揮するママがいた会でした。
その証拠に、将来の旅行や観劇のために会として積み立てをするくらいです。
私も9万円くらいまでお付き合いしておりました。
この間、「園長先生このお金を更に増やす為に投資するのでご許可を」 というので、「どうぞ沢山に増やしていただいて海外旅行くらいしましょう」 と言っておきました。
「カタクリ会」 は特に参加した事はありませんが、これまた強力な結びつきのママの会と聞いております。
よく食事会や観劇など、あくなき好奇心で市内県内を越えて動いているようです。
遠くに転園した方もメンバーの中にいるようですが、その方のためにわざわざ出かけて行くこともするのですよと聞いています。
紹介したいくつかのお話は幼稚園の時代の子どもを通した親同士の人間関係がその後もずっと続いているうらやましいくらいのものです、園長としてそんな噂を聞くにつけうれしく感じている事は言うまでもありません。
こうした後々まで続く、 心地よい人間 関係の基にあることはなんなのでしょうか。
それはいろいろあり一口には言えないと思いますが、当園の親の行事や保育への参加の具合なのではと思っています。
「親も楽しい幼稚園」ですから 子ども以上に親も楽しんでくださいということを常に言っています。
楽しむ為にはまず園に来てもらうことが大切です。 しかし 来てもらうにしてもいろいろな家庭状況があるのですから、一律に同じ様にというわけにはいきません。
お子さんが一人でお母さんがお家にいる方はそれこそ毎日でも幼稚園に来ることができます。
女医さんやフルタイムでお仕事をしている方もいますから、それこそ2時間抜けるというのも大変という方もいます。
ですから幼稚園に来る時間は同じでなくても当たり前というのが うちの幼稚園の 前提です。
来られる方は毎日でも 来て下さい 、来られない方は気楽に「宜しく頼むわ」と言って 頼んで 下さいとお願いしています。
まず園に来てもらう こ とは人によっても、また置かれた状況によって決して同じ時間ではないという考え方を基本に置きます。
平等とは同じことを同じ時間する事ではないということを分かってもらいたいのです。
また園のお手伝いとは違う保護者自身の自主企画ものというのもたくさんあります。
保育のお手伝いは園からの要望でこうしてくださいとお願いしますが自主企画はそうではありません。
例えば6月の父の日のパーティーは保護者会の主催で行う保護者会行事です。
バーベキューや焼きそば、おにぎりなどの模擬店をだして大野外パーティーを行ないますが、そのときのメニューや材料の調達などはその年によって色々違います。
また保護者会主催の新年会は、お母さんのお母さんによるお母さんのためのもので、毎年の志向を凝らした楽しい企画で盛り上がります。
司会やゲームや福引の企画などを色々と考えみんなに楽しんでもらうことをしてくれています。自分達で企画するのですから大変さもありますが楽しさも一杯です。
「親も楽しい幼稚園」 とはあれこれ考え作り上げていくことの楽しさという意味でもあるのです。
私は人のつながりは1つのものに向かって行くときに出来ると考えます。だから敢えてみんなで考えてやってみてと園は少し引いた形でお願いしています。
現代のこの日本の社会の中で子育てを夫婦だけですることは大変です。
孤独な子育てにならないように園でパパもママも親同士が友達を作ってみんなで子育てをして欲しいと思っています。
それが「親も楽しい幼稚園」ということの深い意味であると思います。
2007.8.1 「
賢い子を育てるための 7 か条 」
夏休みにほんとうの「賢い子ども」とはどんな子か考えて見ましょう
今回はくどくど説明しません。
下のヒントを参考に各自で創造力をめぐらしてください
賢い子とは
1.生活力のある子 賢い手と器用な頭を持つ子
2.判断力のある子 臨機応変に対応できる子
3. 想像力のある子 シンパシー(自分のことのように考える力)がある子
4.ものとものとの関係性を見とれる子
5.感情のコントロールができる子
そのためには
1.多様な人の中で育つこと
2.愛され満たされ育つこと
3.よきモデルがあること
4. 「なぜならば」と言う人がいること
5. 脚と手を使っていること
6. 何でも食べられること
7.待つことができること
ママの生活の心得
1.どじな母さんがいい。
2.子供に何でも頼んでしまえ。
3. パパを誉めろ。
4. せかすな。失敗させろ。
5.手を抜け。完璧は疲れる
6. 他の子と比べるな
7. うそも方便と考えよ
パパの生活の心得
1. 子供に媚びるな
2. 自分の一番好きなことを一緒にしろ
3. 俺はこう思うと言い切る
4. 謝ることも必要と思え
5. 仕事以外に子供のためのことをする。
6. 子どもにママと付き合っていた頃のことを話してみろ
7. ママによくやってくれてありがとう と言え
2007.7.1 「偉い人」より「立派な人」に
「大きくなったら何になりたいの」
この質問を幼稚園の中でもよく子どもたちにすることがあります。
ヒーローものの主人公は時代が変わってもよく出てくる定番です。
男の子と女の子はやっぱり違いがあることが
多いと思います。
男の子は野球やサッカーの選手が多いようですし、女の子はお花屋さんやケーキ屋さん。
幼稚園の先生というのもいつもべスト3に入っていますね。 嬉しいことです。
面白いのはカブトムシになりたいとかパパになるというのもあります。
卒園のころになると大工さんとか、はたまた公務員などと現実味を帯びたことをいう子もいます。
その中で「偉い人」になるという古河いますが、私は「偉い人」より「立派な人」に奈って欲しいというようにしています。
まあ、子どもはその違いに気づいていないようですが、そういうようにしています。
その理由は、絶対に偉い人より立派な人の方が幸せな一生を送れるような気がするからでです。
子どもの言う偉い人というのはどうも肩書きのことのようです。
世の中には社長とか園長とか「長」という文字がつく肩書きはたくさんあります。 でも肩書きはその人の本質ではない。
その証拠にそれをやめてしまえばどうということはないこともおおいですね。 年賀状も少なくなるし。
勿論人はこの社会の中で生きていて、その役割をそれぞれ果たしています。
だからその責任の分担のために肩書きをつけています。
しかし勘違いする人が多いようですが肩書きはその人ではない。
それに対して立派な人というのはその人の変わらぬ属性のようなものです。 その人そのものです。
たとえばどんなことでも一貫した態度で何かを成し遂げた人は立派な人だと思いますね。
私の子どものころ、朝早くから家の前だけでなく、ご近所の隅から隅まで掃除をしていた方がいました。
おそらく誰かがその事を見ていようが見ていまいが、雨だろうが晴だろうが関係なくし続けていたのだと思います。
している事も立派ですが、自分がどう見られるかなんて外の目を気にしていないところが立派たるところです。
つまり行為の基準が自分の中にあるのです。
また自分に対しても人に対しても嘘(うそ)をつかないで生きているなんてことも最高に立派ですね。
人に対して嘘はつかなくても自分にはつい甘くなり嘘をつくことが多い。
また自分の立場を良く見せようとして嘘を
つくそんな人も多いものです。
テレビや新聞で「長」のついた「偉い人」が嘘をついているところが毎日のように報道されているのを子どもたちは見ています。 悲しい事です。
立派な人は人から尊敬されます。
立派な人は相手によってその対応を変えませんから安心です。
なにより立派な人のことは周りの人たちが実感としてよく知っています。 だから自然に寄ってきます。
私が子どもたち奈立派な人になってね、とお願いするのはこんな理由があるからなのです。
2007.6.1 「社会で子育て」という事の意味
今子育て論議が盛んです。
ここ 10 年は少子化ということもあって国を初め各行政体や教育界で、はたまた経済界でもこのことが論じられています。
そうした中でよく出てくる言葉に「社会で子育て」というものがあります。
第 1 儀的には子どもの養育の責任は親にあるが、もっと社会がその子育てをバックアップしなくてはならないねということがその言葉の意味のようです。
まったくそのとおりです。
OECD という機構が世界にありますが、そこの調査では日本国は子ども関係の予算処置が先進国の中でもとても少ない。
フランスの 3 分の 1 とも 4 分の 1 とも言われています。
お金も大切ですが社会、特に地域社会の子どもや子育て中の父母に対する関心や配慮が少ないのも気になります。
私は日本経団連という経済組織の少子化委員会というところに属していまして、その会議に定期的にでますが、
企業の方には例えば全日空の方には年末年始の帰省の際に家族便を飛ばせないのとか、 JR の方に女性専用列車を走らせるのなら、
親子(特にあかちゃん)の専用列車も走らせてなどと申しております。高速道路は後ろに子どもが乗っていたら無料なんてのも絶対に良いと思いませんか?
ただ子育ての社会化論の中で今気になるのは、当の親達の意識が自分の子どものことばかりに向いている事なのです。
他の子に目が向くときは比較するときだけなんて。
親が撮った運動会や発表会のビデオの映像に自分だけしか写ってないので子どもから
「ぼく、みんなと一緒にやったのに」 と指摘されたという笑い話にもならない現状は正直少なからず感じられます。
私にも 3 人の子がいますから、親がどのくらい自分の子が可愛いかはよく分かっています。
でも何をするにしても自分の子だけが伸びるということはないのです。
自分の子が伸びるためには良い友達がいることが大切ですし、良い集団としての育ちがなくてはならないと思います。
「敵に塩をおくる」 は喩えとして的確でないかもしえませんが、自分の子もそれ以外の子も一緒に育てるという考えを親達も持つ事が、「社会で子育て」のあるべき姿でないかと思います。
お母さん方、園では父の日がもうすぐ来ます。
自分の子、自分の亭主以外にも大いにサービスお願いしますよ。
呑竜幼稚園はそんな園を目指してきましたから。
2007.5.1 「 子どもの感性」 下野新聞 平成19年4月30日号掲載
今年2月から下野新聞紙上にて月1回程度のペースで「しもつけ随想」を執筆しています。
園長ぶつぶつではその原稿をお届けします。
毎年、卒園のころ 、 年長児が境内の一角にお座りの大仏様の絵を描きます。
毎日の園生活の中での あいさつ で「み仏様、おはようございます」と唱え続け、
自分 たち を見守っていただいたお姿を忘れないようにということからです。
和紙に墨で描きます。 「先生、大仏様って首かしげてるよ。何を考えているのかな?」
実は大正の震災のときに首が曲がったといういわれがあります。
佐野の天明鋳物といえば秀吉の茶会でも有名な地場の伝統工芸です。
この天明鋳物の阿弥陀仏 (あみだぶつ) も江戸時代のもので佐野市の文化財にもなっています。
台座を含め 四b にもなるこの大仏様を子ども たち は 実によく触れたり 、 観察しながら描いていき、
味のある作品を 毎年 残してくれます。
今、幼児教育の世界でこの 十 年くらい、北イタリアの地方都市レッジョ・エミリア市の教育実践が大変注目を集めており、世界中から多くの学者や先生がその地の幼稚園を訪れています。
注目を集める理由はいろいろあるのですが、 一つに 街の歴史ある文化財を教育の中に取り入れています。
街の広場のライオン像に子ども たち が乗ったり、その絵を描いたりという実践が紹介されています。
大仏 様 とライオン像の違いはあれ、子ども たち の反応は同じようです。
どちらにしても子どもたち、特に幼児の感性にはいつも驚かされるものがあります。
彼らは すべ ての感覚器官を総動員して、人生の初期の大切な記憶を極めて強烈に一生涯にわたる宝物として残していっています。
私のにお いと味の忘れられない最初の記憶は、小学校の 低学年 にさかのぼります。
私はそのころ 、 地元のある画塾に通っていました。土曜と日曜のどちらかに行けばよかったのですが、どうも私は 二 日間とも行っていたようです。
それは日曜日の朝のことです。早く行き過ぎてアトリエには誰もいなかったので近くの先生のご自宅に行ってみました。
今でも覚えていますが玄関の戸を開けるとなんともいえない香りが漂っています。
「なんだろうこの にお いは」と衝撃でした。
結論から言えばそれは焼きたてのトーストとコーヒーの香り でした 。
昭和 三十四、五 年の話ですから 、 納豆と味噌汁の朝ごはんが普通の子どもからすれば未知の にお い体験 でした 。
「あら早いのね。食べない?」先生に言われて、いえ、においに誘われて ずうずう しくも私はトーストとバターというものを人生で初めて食べました。
その先生とは後に人間国宝になった陶芸家田村耕一先生の奥 さま でした。
耕一先生もニコニコ笑いながら隣で食べていたと思います。
トーストだけでなく、通っていたアトリエには座るところの 真ん中 が丸く空いた、なんとも色の美しい いす がありました。
今思えばあれは絶対にイタリアの いす だと思います。登り窯の周りには 本焼きを待つ 皿や つぼ があったと思います。
レンガの色や薪の積まれた景色もよく覚えています。
ですから、私は決して子ども たち を甘く見ることはしないのです。できることならいつも本物を与えたいと思っています。
彼らの感性はそれを見抜くだけのものがあるからです。
2007.4.1 「 学校へ行こう」 下野新聞 平成19年3月26日号掲載
今年2月から下野新聞紙上にて月1回程度のペースで「しもつけ随想」を執筆しています。
園長ぶつぶつではその原稿をお届けします。
園長をしているので学校に行く事が結構あります。
つい最近は学校評議員という立場でわが母校の小学校に行ってきました。
まずもって給食はとても おい しいことを皆さんにお知らせしておきます。
脱脂粉乳という言葉を知っている方には給食のイメージがあれで壊されるようですが、
子どもの ころ 、
私はあの栄養価の高いミルクを
なるべく 温 かいうちに一気に飲んでいましたので、それほど悪いイメージはありません。
磯部揚げ (ちくわの揚げもの) とカレーうどんが好物でした。 ぶどうパンはうれしかったですね。
そして今、給食はご飯の方が多いようです。
メニューもハイカラになっているようです。 もちろん 牛乳は普通のもの。
懐かしき先われスプーンは姿を消してもうずいぶんたっているようです。
「ごちそう さま !」 。
食べ終わると給食の時間に迎えに来てくれた子たちが、私を校長室まで送って来てくれました。
その丁寧さに感心し「どうもありがとう。ちょっとお茶でも飲んでいかない?」と学校の先生とはちょっと違うそんな大人扱いの言葉をかけて見ました。
二 人の男の子は思いも寄らぬ私の言葉に顔を見合わせています。どうしようかそんな表情です。
(お、その気だ!) と感じたので「遠慮しなくてもいいよ」とさらに誘います。ほかの評議員の方々も優しく笑ってくれています。
そんな雰囲気からか 二 人は入ってきました。校長室の応接セットに座ります。「お茶にする?それともコーヒー?」 。
するとまた顔を見合わせて「コーヒーにします」なんて言います。
厚かましくも私が事務の方にコーヒーを頼みます。出てくる間、彼らは間が持てません。ちょっと緊張している様子。
するとそれを察してか 、 交通指導員をしている方が 「君の家 、 兄弟多いよね」 と話しかけます。
何年間も毎日の交通指導をしているだけあって、さすが子どもの個人情報もよく知っています。
「はい 九 人です」 。 「え!」 。 それには指導員さんも想定外でビックリです。それで何番目と聞くと「 六 番目か 五 番目」との答え。答えに一同爆笑です。
二 人の子はそんな突然の校長室のお茶の時間を楽しんでくれました。
掃除の時間になると、 一 年生から 六 年生までがしっかりとやっています。長い距離を腰をあげて一気に ふ き抜ける姿に昔の自分たちの姿を思い出します。
昔の木の廊下は ぞうきん がけには良かったですね。 ぎゅっと絞ってしっかり ふ くとピカピカの廊下になるから。 今の建材はそうはいかない。
学校は木の廊下にすべきだなんて思ってしまいます。
熱心に取り組む姿に思わず「ご苦労様。きれいだね」と声をかけると 「なんだ園長か」 ですって。 そう言いながらもちょっと得意そうな顔をします。
学校には子どもたちのイキイキとした姿が実はたくさんあるのです。
だからその姿をもっと見てあげるといいと思います。 そして子どもといえども世の中の一人の人間として尊重して接してあげることが必要な気がします。
そのために皆さん 、 もっと学校へ行ってみませんか。何よりも子どもは大人たちが自分に関心を持ってくれることを望んでいるからです。
2007.3.1 「 子育ての楽しさを」 下野新聞 平成19年2月12日号掲載
今年2月から下野新聞紙上にて月1回程度のペースで「しもつけ随想」を執筆しています。
園長ぶつぶつではその原稿をお届けします。
少子の時代になりました。
いたるところで子育ての大変さが叫ばれているようです。
安心してお産ができる体制がないわ。
どこでいつ起こるかもしれない事件・事故が心配。
地球環境がどうなるかわからないし。
だってお金がかかるでしょ。
子育てでいったんやめたら再就職なんて無理無理。
核家族の子育てはストレスいっぱい。
などなどがすぐに口に出てきます。
そりゃそうだねと全部正しいから思わず相槌を打ってしまいます。
しかし子育ての大変さばかりあげつらうのはフェアじゃない。
子どもがいるといい事だっていっぱいあります。
いや、いいことの方が多いと言いたいのです。
自分の誕生日はたいして嬉しくないが子どもの誕生日は嬉しいというのもその 1 つですね。
私の幼稚園では月に 1 度誕生会をします。誕生月の子の親も園に来てもらうことになっています。
時間休暇をとって駆けつけてくれるママもいます。多くの友達から息子が・娘が「おめでとう!」と声をかけてもらっています。
満面の笑みをたたえこちらを見てくれている我が子。
「何歳になりましたか?」先生の問いかけに「 4 歳です」。「好きなものは何ですか?」
しばらく考えて「ママ!」いちごやバナナの答ではなくそれは一言「ママ」。
そうだ私はあの子のママなのだと感じる瞬間。連夜の夜鳴きの折に抱っこしたことが報われる嬉しい瞬間です。
写真・ビデオじゃなくて脳裏に焼き付けて欲しい瞬間です。
又ある時は寒風吹きさらす川原のサッカー場。 J リーグにも負けない歓声が響き渡ります。
幼稚園から中学生までのサッカーチームがある我園ですが、小さい子の親ほど歓声は大きいようです。
「頑張れ!」は当たり前です。「追いかけろ」「あたれ!」はお父さん。
「何やってんの」「まったくもう」はお母さん。そして得点が入れば躍り上がり跳ね回る夫婦です。
このように家族で一日楽しんでも無料なのが嬉しい。ポットに入れた暖かいお茶におにぎりそして少しばかりのお菓子で十分ですから。
私は娘の高校の卒業式でこう挨拶させてもらいました。
「卒業おめでとう。君らのお陰で私たち親はまっとうに生きてこられたと思う。親として恥ずかしくないようにと、
また親の責任をはたそうと頑張れたと思う。勿論我慢もたくさんしたのも事実だ。
しかし君たちの存在が私たち親を人として成長させてくれたことは間違いない。
この晴れある卒業式にお礼を言いたい」そんな内容だったと思います。
素直な気持ちを述べたところ、娘から「父さん、みんなも感激してくれたよ。ありがとう。」のコメント。
これまた嬉しいことの 1 つ。
「子育て」その尊い営みがいま日本の社会の中で危機に瀕しているようです。
その要因はマスコミや識者が述べる様に多岐にわたることですが、でも声を大にして「子育てって楽しいこともいっぱいありますよ」と言いたいですね。
そんなお父さん、お母さんの傍にいる事の出来る園長家業の幸せを今日も感じています。
2007.2.1 「 子どもの宇宙」
六本木に国立美術館ができたと聞く。 この美術館収蔵物がないそうである。
企画展でいろんなところから展示品を集めてくるのだそうだ。
甲府の美術館が印象派の牧歌的絵画をバブルの頃に何点か買ったことが話題になったが、どう頑張ってもルーブルやメトロポリタンというわけには行かない。
こうした方針というか、美術館としての生きる道は共感できることである。
ところでこの美術館、幼児の作品展をしていただけるのであろうか。
全日私幼連という日本の私立幼稚園の会は140万人くらいの幼児がいる。この子どもたちの創作の力というものを集めたら面白いと思うのだがいかがか。
承知のように子どもには生み出したものがどのように評価されるかという邪念がない。
年長児くらいになると うっかり先生や親が「○○ちゃん上手ね」なんて言ってしまっているのを聞き、「それに比べて私のものは」なんて評価を気にするようにもなる。
それも成長なのかもしれないが その頃から創作の面白さがなくなることもある。
しかし大方の子ども達は自己の内側から沸き起こるものを素直に絵や形に、はたまた動きやつぶやきに出してくれるから楽しい。
多分子どもたち特に幼児のそれらの作品を一同に会して展示したら、既存の自称芸術家諸氏は「まいりました」と平伏すだろう。
アルタミラの洞窟の絵や、ボルネオの面、モアイの石造のようなものはそこかしこに転がるだろうから。
大袈裟に言えば子どもは人類の遺伝子( DNA )を確かに持っている。 父母、ジジババのそれをはるかに超越したものだ。
そんな風に言わないと説明がつかないものである。
今年も当園での作品展が2月3 , 4日行われる。
国立美術館の開催は今後の夢としても 田舎の小さな幼稚園の小さなホール内に とてつもなく大きな子どもの宇宙が広がるので是非立ち寄っていただきたい。
きっと幸せな気持ちになれること間違いなしだから。
2007.1.1 「 『鬼ごっこ』 に思う 」
皆様 新年明けましておめでとうございます。
昨年は 「いじめ」の問題が世を騒がせたように思います。
その原因はたくさんの要因が考えられるわけですが
私は子どもが 「鬼ごっこ」 をしなくなったことにも関係するのではと思っています。
「鬼ごっこ」 は言うまでもなく鬼になる子がいなくては始まりません。
「かくれんぼ」 ならば鬼以外がみんな建物や木々の陰に隠れて身を潜めるわけです。
誰もが鬼になって 「もういいよって」 言われて探し始めるときの心細さを経験したことがあるでしょう。
隠れている方はある意味で見つからないように意地悪をしているわけです。
ですから、小さい子が見つけることができない時に、わざと見つかってあげる事をした心優しい方もいるのではないでしょうか。
「鬼さんこちら 手の鳴るほうへ」 と囃し立て , 来れば逃げるなんて「鬼ごっこ」はつまり意地悪ゲームなのです。
ただ、鬼ごっこは鬼が変わるところがいいところですね。
でも私自身も 「万年鬼」 なんて言葉を知っていますが、鬼がずっと変わらなければそれは辛いものがあります。
あそびの中で子ども達は様々な人間関係を作っています。そこでの体験が人生の基盤になると言っても過言ではありません。
世界中に長く伝わる 「鬼ごっこ」 という遊びは 意地悪をしたり・されたりを経験する遊びなのかもしれません。
その中で子ども達は良い悪いも含めてそのことの意味を知り、トレーニングもされるのでしょう。
遊ばない子には豊かな心は育たないとよく言われます。
意地悪遊びも十分にしておかないと、将来本当の意地悪(いじめ)をする人になってしまうのかもしれません。
だから大切なのは 幼児期なのです。
2006.12.1 「 やっぱり只者でない 」
晩秋の那須高原を訪れた。
恒例の 保護者会研修旅行でである。
当園のこの研修旅行は かれこれ20年近く続いている。
別名 「ママの遠足」 と呼ばれるのは 子どもたちを園においてママたちが大型のバスで 繰り出すからである。
晴天に恵まれ、青く澄む空を背景に、これから散りゆくであろう名残惜しい黄色や朱の葉が輝いている。
バスの中で園長としてミニ講話をさせてもらう。 テーマは 「学力は保育で決まる」 である。
種を明かせば4日前に丸善で見つけた同名の本からいただいた。
オランダのピラミッドメソッドという保育実践をもとに書かれたもので大いに参考になったので本園の実践をミックスして説明した。
バスの中での、特に美しい景色の中での長話は無粋なのでパーキングの休憩を機に話を終了したのは言うまでもない。
さて、我が園の尊敬すべき有能な ママたちが選んだ研修場所は ニキ美術館である。
この美術館は女流造詣家 ニキ・ド・サンファル一人の美術館である。
那須には何度も行ったが、こんなユニークな美術館があったことも、この作家の名前も私は知らなかった。
でこの女性作家は只者でなかった。
ボーグのモデルもしていたというニキは
「厳格なカトリック教育により家庭・学校・社会の抑圧と偽善に悩み重度の神経衰弱を病むが絵を描くことにより回復し
芸術家として生きる事を決心する。
絵をライフルで撃ち絵の具を飛び散らせるという「射撃絵画」により31歳でデビュー。
その後35歳で発表した 「ナナ」 シリーズで脚光を浴びる。」 と美術館のパンフレットに記載されている。
舌たらずの作品の説明をここでするつもりはないが、 ナナの中に女性の女性であるがゆえの生命力・力強さ・豊かさ、包み込む力といったものを感じることができる。
でもう一人の只者でない女性が、この美術館の館長の 増田静江氏である。
なにせある時ニキの描いた絵画に運命的に出会い、200点にもわたる作品を集めて美術館まで作ってしまったお方である。
ここに収蔵されている作品は相当に大きなものである。
ビ、ビ、ビと感じたというだけでは集めきれないと思うのだが、これまたすごい女性である。
この研修旅行 男性は私ひとり。
その後食事で立ち寄った那須のニキ・クラブは日本でも有名なプチ・ホテルである。そこのシェフが本日の料理の説明で出てきてくれた。
圧倒的な女性の輪から少し解放された気分になった。
それにしても恐るべしは・・・・・
2006.11.1 「 I wish 」
昨日と今日、運動会のビデオを大学で学生に見せました。
幼児教育の中で育てるべき内容である 「人間関係」 という講義の中で視聴させたものです。
幼児期に人と信頼感をもって接する事、そして愛情豊かに育てられる事がその人間の一生の財産になる旨の話をしたのであります。
子どもたちは大好きな人から関心をもって見られている事を好みます。
それが積極的に動きだす際の原動力にもなるのです。
そこで学生にはビデオとなります。
実はクラスが4つもあるので4回も見たのですが、 それにしても呑竜幼稚園の運動会には、
保護者の皆さんの子どもに対する並々ならぬ関心とかかわりがいたるところにあるのです。
仮装のお父さんのみならず子どもたちを見守る父親たちの視線のやさしいこと。
どのクラスもお母さんたちの応援の姿が躍動的で若々しく感動的でしたね。
ダンスも息があっていました。それを見る子どもたちの驚きながらのうれしそうな顔もよかった。
年長さんのパラバルーンは強風の中、大変だったと思いますが、
親たちの祈るような視線が子どもたちの周りにあったのもビデオはちゃんと捉えてました。
「子どもを育てるのはこんな運動会なんだよな」 園長は自画自賛。
「ものすごい運動会ですね」学生は阿鼻驚嘆。
フィナーレの全員のダンスは楽しかった祭りの終わりを名残惜しそうに彩っていましたね。
曲の中で歌われた I wish という歌詞のリフレインがなぜか耳に残ります。
「私は望む」こんな光景が この子達にいつまでも続きます事を・・・
2006.10.1 「幼稚園と言えば 」
足利短大・佐野短大に引き続きこの秋から宇都宮の専門学校にも水曜日の午後行くことになりました。
やはり幼児教育科で将来の幼稚園・保育園の先生のたまごですが、全くの無垢状態です。
その初講義でのこと。
「幼稚園と言えば○○」という連想ゲームのようなものをしたところ、なかなか面白い回答が寄せられました。
幼稚園と言えば 黄色のかばん
幼稚園と言えば 芋ほり
幼稚園と言えば 通園バス
幼稚園と言えば 献立表
なるほど そうしたグッズが印象的なものだったのか。
幼稚園と言えば 季節のイベント(行事)
やっぱり 子どもにとって四季折々のイベント(行事)は楽しみなものなんだろう。
幼稚園と言えば 友達と遊びながら学ぶところ 。
むむむ! 文部科学省の役人の子か? すばらしい模範的回答だ。
幼稚園では遊びの中に多くの学びがあるし何よりも友達の存在が大切なわけだ。
幼稚園と言えば 子どものたまり場
え、たまり場!?
仲間がいて誰からも何かを強制されることのない居心地のいい場所という意味か。
そんなところがたまり場だと言うなら、言えてるなあ。いい表現かもしれない。
幼稚園と言えば 初恋の場所
君らは、そんなオシャマな子だったのか。
でもやさしい先生がいてくれてその先生が憧れの対象であったなら 初恋の場所と言えない事もないかもしれない。うまい事言うものだ。
幼稚園と言えば 制服があって、お昼寝がない 。
そっか!
ところで私が一言で答えろと言われたらなんてするかな。これは難しい。
幼稚園と言えば いつまでも忘れない幸せな時間がゆったりと流れるところ。
とでも答えようか。
2006.9.1 「 見守る役目 」
佐野市ではこの時期に市民体育祭を行います。
小学校地区ごとに各競技を行い優勝をめざします。
わたしは天明小地区のサッカー競技の世話役です。 10 年くらいやっているでしょうか。
陸上競技以外は過日 3 日の日に各競技が行われ、サッカーはみごと初優勝しました。
その選手の中に卒園生もたくさんいました。 M 君の家は 4 人兄妹。 3 人の男の子は社会人と大学生 2 名です。
しばらくぶりにお父さん・お母さんとも会いました。背丈も私をはるかに追い越しているのに父母が応援に来ている姿は幼稚園のころとなんら変わりません。
A 君の家も父母での応援です。呑竜幼稚園の親たちって子どもが幾つになっても変わらないんだなとしみじみと感じました。
ガールフレンドのとなりで父母が応援とは、これまたいいものですね。
親の役目は子どもの成長を見守っていくことです。
小さな時は 「こうしなさい、ああしなさい」と言えば多少は言うことも聞くものですが、基本的なしつけは別にして、その操縦がきくのはたいした期間ではありません。
残念ながら子どもは我が子ながら別の人格です。 だからできる事は「見守ること」なのです。
愛と期待をこめて見守る。 我が子を信じて見守る。 忍耐強く見守る。けれどこのことは難しいことでもありますね。
こんな事を書きながらも私などはつい口を出したくなるものです。
M君& A 君のご両親は当日ニコニコと我が子のプレー振りを見守っていました。
それできっと優勝できたのだと私は思っています。
2006.8.1 「 プロの技 」
いやはやプロとはすごいものである。
過日、水道の検針の方が、どうも水漏れの疑いがあると言ってきました。
幼稚園のことです。2ヶ月に1度の検針であるが、いつもの月の約3倍にもなる水道料となっています。
これは困ったことです。料金も大変だが、水ももったいない限りです。
すぐに業者さんに来てもらいました。言うまでもなく水道管はすべて地中か建物の中では見えないところにめぐらされているからわからない。
2階の管から漏れでもしていれば水が流れるので検針の方に教えてもらうこともないが、
そんなこともなかったので水漏れは地下のどこかで人知れずおこっているということです。
ご承知のとおり幼稚園はいたるところに水道がめぐらされています。 建物の外周も100メートルをはるかに超えます。
いったいこのどこで漏れているのかを業者さんはいかに見つけると思いますか。 その方法はこうです。
まずすべての水道の蛇口をしめるように言われました。
普通ならこれで水の流れはなくなる。
そしてすべての蛇口のそばに聴診器のような道具をつけて漏れている水の流れる音を聴き取るのです。
園の水道の端からひとつづつ聴いていくわけです。
最初来てもらった日は外が雨で、雨音の方がうるさくてわかりませんでしたが、今度は晴れの日しかも幼稚園が夏休みになってからですから外は静かです。
外周を一回り聴いて戻ったところはホールの裏の倉庫の前、そこの地下のバルブにその聴診器をあてます。
「やっぱりここか。園長先生ちょっと聴いてみてください。」と言われました。その道具を使い耳を澄まし聴こうとするのですが、私にはよくわからない。
「風が吹くような音です」とも言われましたが、水漏れの音など聴いたことがないのですから当たり前でしょうが、それでもほとんど何も聴こえないわけです。
しかし業者さんは 「ここからあそこの間でしょう」 と判断しコンクリの土間を壊し始めました。
土間は10センチ近いコンクリで打ってありますから、外れれば壊す作業は徒労に終わるわけです。
ほんとうにここだろうかと見守る中、少し掘っていくと、案の定そこのパイプの下が湿っています。
元栓を開くとどっと水がパイプから吹きだしました。 漏水一件落着の瞬間です。
あの外周の中で掘った距離は4メートルくらいでありました。 お見事なプロの技であります。
さて私たち保育者は子どもの一挙手一投足をあのような繊細さで診ているのでしょうか。
水漏れのかすかな音を聴きもらさないプロの技があるのでしょうか。
この出来事も大事な夏休みの研修でありました。
皆さんも よい夏休みをお過ごしください。
2006.7.1 「 お楽しみはこれからだ」
4年に1度のワールドカップの最中なのでやはりこのことについて一言。
期待に及ばず、日本チームは決勝トーナメントに残ることができませんでした。
当園では 「ガンバレ 日本!」 のロゴの付いたおそろいの応援 Tシャツを全職員で着用し
開幕日から気合を入れていたのですが本当に残念の限りです。
なぜか初戦敗退の時から多くの人に慰められておりました。
サポーターの一人として不思議な気持ちです。
2戦目のクロアチアとの試合の後に
呑竜 FCの練習場で 子どもたちに柳沢選手のように一番大事な場面で決定的なミスをしないように話し、
「シュート練習は常に自分がでるワールドカップの試合をイメージし、日本国民の大きな期待に答えるという思いで打て」と言うと、
目を輝かせ大きく頷いてくれました。いいですね!可能性のある子どもは!未来のある選手は!
ぐちぐちと敗戦の犯人探しのようなことをする暇があるなら、
明日に向かって今やれることをしよう!! そんな気概がビンビンと感じられます。
欧・南米と100年も違うサッカー文化なのですから、日本のサッカーのお楽しみはこれからと構えたいものです。
サッカー選手にのみならず、すべてのスポーツ選手は習性としてどんなに過酷でも常に高いレベルの戦いの場所を求めるものです。
また1からの出直しであろうとも、選手は誰も諦めないとおもいます。
そんな人としての崇高な生き方のようなものを、多くのスポーツ・アスリートの中に感じる人は多いのではないでしょうか。
「サッカーは人生そのものだ。
ただし人生の中にはサッカーより大切なものがある。」
次の代表監督候補 オシム氏の言葉に今私は大きく頷きながらも
「オシム頼むぞ!戦える選手を俺たちが必ず送ってやる」と 4年後遠く南アフリカに夢をつなげています。
PS もう一つ言葉を紹介します。
日本サッカー界の父と呼ばれたドイツ人 デートマール・クラマー氏の言葉
「試合終了のホイッスルは 次の試合の開始のホイッスルである」
2006.6.1 「 最大のサポーター」
4年に 1 度のワールドカップが今月から始まります。
昨日のドイツ戦は高原選手の2ゴールで強豪ドイツと引き分けました。
これから本大会での日本代表の戦い方が楽しみです。
過日、私は大変幸せなご両親と会うことがありました。
その方たちは5月15日の代表発表の時、テレビで有名になった巻選手のお父さんとお母さんです。
今回最大のサプライズ選考ということで記者会見の中ジーコ監督が「オオグロ・・・・マキ」と読み上げると
「オー!!!!!」と、どよめきがおき、
その後テレビの中で「巻って今言ったようね?」と信じられない表情をしていた あの巻選手のお父さんです。
「どうですか?あの発表はさぞかしドキドキで待っていたのでしょうね?」と聞くと
「そんなことないよ。ほとんど駄目だと息子も言ってたし」というのですが
「でも相当にガッツポーズしてましたよ。テレビで」と言うと
「そうですか?まいったな・・・」と照れていました。
6月11日にドイツに出発する予定も話してくれました。
実は巻選手の弟と私の息子が大学のサッカー部でチームメートでして、そこの親の会での話です。
当然そこにいる親たちはすべて子供がサッカー選手でして、
巻さん(お父さんの方)は我々サッカー選手の父親としての憧れの存在でして、
(なにしろワールドカップに息子が出るわけですから)
サイン攻めとは言わないまでも、そのときの話題の中心であったことは言うまでもありません。
代表の巻選手も同じ大学の出身ですので、親の会からお祝いをお渡しした後、お礼の挨拶の中で大変な選考のなか選ばれた息子のことを「誇り」に思うと述べ、
「偉業」 とも讃えていた姿に、巻選手の最大のサポーターはこのご両親だなと感じたわけです。
ワールドカップのみならず、さまざまなことにチャレンジする子どもたちをいつまでも支え続けることが私たち親にできることなのです。
つまり最大のサポーターは親なのです!
それにしてもうらやましいな巻パパ・ママは
そして がんばれ!ニッポン!!! 頑張れ日本の子どもたち!!
2006.5.1 「 5 月の風の中で」
5 月はほんとにいい季節ですね。
カーディガンを抜いて、半袖のシャツに変わる時。
風が気持ちよく、日差しがまぶしくなり、新緑が目に飛び込む。
そして何にもまして子どもたちが動き出す。 そんな時がこの 5 月なのです。
泣く子がもういなくなり、穏やかな一日が幼稚園で始まっています。
呑竜幼稚園では 5 月から 新たに音楽の講師を導入いたします。
ヤマハの音楽教室の先生を永くしていました (現在もしていますが) 新里先生です。
毎週月曜日に来ていただき、各教室で 歌を歌ったり楽器で遊んだり、また演奏を聞かせてもらったりします。
ヤマハのレッスンのような形でなく 「お歌の好きな子集まれ!」 のような形態がいいですね。
映画のサウンド・オブ・ミュージックのマリア先生のように音楽を生活の中に溶け込ませてもらいたいのです。
日本の童謡もたくさん紹介してもらうつもりです。 勿論各担任の先生達もよき刺激をもらい一層歌の満ち溢れる園にしていきます。
ちなみに新里先生はご自身が卒園生。 そして平成 9 年度の当園の保護者会会長さんでした。
このホームページの製作をお願いしている永倉さん。
NSC (ネーチャークラブ)の大鷲さん。
英語の中村先生も全てお子さんが呑竜幼稚園に通っていました。
お子さんたちが大きくなっても 幼稚園とのかかわりを持っていただき 、その豊かな才能を子どもたちのために発揮していただいています。
園長としてありがたい限りです
5 月は希望に満ち溢れた季節です。
今年もまたすばらしい年になりますようにと 、青空に泳ぐこいのぼりを見上げながら願っています。
2006.4.1 「新年度に思う。」
平成 18 年度が始まりました。
今年度もよき年になりますようにと願う次第です。
さる年度末 3 月 30 日、 31 日と (財団)幼少年教育研究所主催の研修会に行ってきました。
幼少年教育研究所とは創立 40 年を超える幼児教育の研究団体であり私はその会の評議員をしています。
学者と現場の園長や先生方が一緒に子どもたちのことを考えていくことを目的につくられ、出版や研究会、また東京でも研修会などを開いています。
当園で長く使っているステップブックもこの研究所の教材です。
今回は第 80 回の講座でしたのでその歴史の長さもお分かりいただけるのではないでしょうか。
新規採用の 3 人の先生はフレッシュマン講座に、 2 年目の恵先生はステップアップ講座に、私は園長主任講座にと参加ました。
帰ってから土、日が入ったため報告会はまだしていませんが、それぞれ楽しくしかも熱心に学んできたわけです。
このような研修会では一体何を勉強してくるかということを少しお話します。
幼児教育は 毎日の生活が基盤になるわけです。毎日接することで子どもたちの育ちが見えるのです。
「あら、お箸の持ち方が変だわ。」 「なんでもできる子なのに、強く言われると遠慮してしまうところがあるわ」
「自動車のことすごく知っているのね」 「自分の好きなことにはすごい集中力」
などとわかってあげられるのは日ごろ一緒の先生だからこそのことです。
そしてその上でその子とどう接していくかを考えるのが先生の仕事です。
例えば 「あら、お箸の持ち方が変だわ。」と気づいたとしても、それが 3 歳児の 5 月なら楽しくお弁当をたべるのが先と A 先生はあえて指摘しません。
(後ではしますが)これから年長になる 4 歳児の 3 学期なら B 先生はお家の方と連絡を取り合ってすぐにでも持ち方の指導を心がけるでしょう。
どちらにしても子どもの姿を(正確に言うと発達の過程)しっかりと、偏らずに見てその子に適した対応をとることが幼稚園の先生の大事な仕事なのです。
幼稚園の先生になる人は100%子ども好きですが、好きだけではプロにはなれません。
幼稚園は子どもが楽しく生活や遊びをする場所ですが、なによりも子どもの発達を促す学びと成長の場であるからです。
園長・主任の講座ではこんなことが話されました。
「幼稚園で今していることが本当に子どもたちを育てているかもう一度考えて見ましょう。
自分の幼稚園のやり方が本当にいいのか考えて見ましょう。 それが私たちの仕事ですから」
本園では 18 年度から IT を利用した「保育カルテ」を導入して、全ての先生が子どもたちの発達を客観的に見守れるように取り組みます。
それと一日お休みをいただいて、他園の実践を見せてもらい自らの教育活動を考えるよい機会にしたいと思います。
白鳥は優雅に水の上にいますが、水の下では一生懸命に水をかいています。
同じように子どもたちと楽しく遊ぶやさしい先生であっても、日ごろの研修を怠り無くすることをお約束したいと思います。
2006.3.1 「幼稚園の毎日の生活 」
日本の幼稚園教育の父といわれた 倉橋惣三先生は
「幼児の生活それ自身が自己充実の大きな力をもっている」がゆえに
幼児の生活を「さながらにしておく」ことが大切であり
幼児の自発生活を尊重して「生活を、生活で、生活へ」導くことが大切であるとしました。
奥の深い言葉ではありますが、ま、簡単に言いますと 幼児が生活するということそれ自体が子ども自身の育ちになるということなんですね。
ただしこの場合の生活というのは、大人に言われたことをこなすということではなく、自分で考え動き出すことが必須条件であります。
つまり生活とは生きることですからぽかーんと口をあいて待っているだけではだめなのです。
黙って座れば 今日はこれをしましょう!なんてご機嫌をとってくれるような○○幼児教室なんていうのもありますが、
一見何かを教えてくれそうなのでつい通わせたりしますが、倉橋先生はそういうものを「さながらの生活」と言っているのではありません。
(先生がご存命のころはこうしたものはありませんでしたが)
今回私が担任として 4 歳のさくら組の子供の生活の中に入ってみると面白いことに気づきます。
例えば「先生お便所に行ってきていいですか?」とみんなが聞くのです。
そうやって聞く時がクラス全体でまとまって何かしていて急にお腹が痛くなったという時でなく、帰りや食事の前の比較的自由な時間帯なのです。
今までそのようにさせていたので子どもには責任はないのですが、それっておかしいことなのです。
つまり生活のなかで排泄なんていうのは完全に個人的なことですから他人に言われてすることではないはずです。
(入園間もない頃は別で先生が促しますが)食事の最中にトイレに立つことはお行儀が悪いから今のうちに行っておこう。
そのように「生活を」自発的に判断するのが大切なのです。
今では必要あらばすーと行ってこられるようになりました。
昨日聴いた研修会での話ですが、ドイツのキンダーガルテン(幼稚園)はあぶないところが多いのだそうです。
机なども角がとがっている。理由は世の中の机は(家庭も含め)みな角があるからだそうです。
子どもを過度に守らないことも必要で、その中で子どもは危険回避能力を「生活で」自ら育てるという考え方です。
「生活へ」とは年長さんの動物の世話などを見ていて感じることです。
どの子も今では全く手際がいい。手際という言葉がぴったりの動きです。
アヒルがふくらはぎを突っつこうが軽くあしらっています。たまにする○○体験ではない。
していることが生活の一部となっているということでしょうか。
幼稚園というところはそんな中で子どもを育てるところだと倉橋先生は言っておられると私は思っています。
みなさんはいかがお思いですか?
2006. 2. 1 「子育て支援に想う 」
クリスマスのキャンドルスタンド製作の講習会をひらいたところ
20数人のお母さん方が申し込みをされて楽しくつくられました。
当日来られなかった方、数人がおのおの園にやってきて、補講ならぬ追加でつくっていました。場所は職員室です。
今日来た S さんは2人のお子さんのお母さんです。 今年2人とも同時に入園してきました。
お姉ちゃんは生まれつき腸の病気で生後ずっと手術や入退院を続け今でもおなかに外部から管をいれています。
弟の方はおばあちゃんに育てられていたような状態でした。心配もどこ吹く風、今では2人とも元気に通ってきています。
私が他の仕事をしながら「お母さん今までは大変だったでしょうがこれからはこんなこともいっぱいやってくださいね」
そう言うと明るくうなずいています。
「先生、私少しの時間なのですが来年からパートもしようと思っています」
お姉ちゃんの方も管がとれる手術もするようで
「そしたら温泉にはいることを楽しみにしているんです」とも言っていました。
この幼稚園に入って本当によかったですと言われましたが、
実はお母さんには沢山のお友達ができたようです。
子育て中の孤独感から抜けられたなという感じがします。
キャンドルも素敵に仕上がったようでうれしそうでした。
子育て支援なんて大仰に考えないことです。
全私学新聞 18 年 1 月 3 日号掲載
2006. 1. 1 「新年あけましておめでとうございます。」
本年が皆様にとって良き年となりますことをお祈り申し上げます。
私は家族と昨年暮れに東京ミレナリオというものを見てきました。
ミレナリオとはイタリア語で千年祭の意味だそうで東京丸の内の都市空間を舞台に見立て、
人々が夢や喜びとともに出会い・触れ合う祭りとして1999年から開催されています。
今年より東京駅丸の内本屋の創建当時の復元保存工事始まりの為のため、
今回が最後となったことから沢山の人出がありました。
1000年という時の長さで物事を考えたことは多くの人が無いかと思います。
人間生きても100年ですからその10倍の時は想像を絶するものであります。
ただしその1000年も始まりは1からであり、ひとつひとつの積み重ねが必要なのです。
と理屈では言いますが、その年月は子から孫へ、さらにその子へとづっと続くものであります。
自分の代では見ることも触わることも出来ないもの(こと)を想像する力がないと今日のスタートは切れるはずもありません。
1000年の時の長さで考えることとはいったい何なのでしょうか。
それらはお金を儲けたり、美味しいものを食べたり、海外旅行に行ったりではないでしょう。
(そんなことは私の年ではあと20年もすれば意味の無いものになるからです。)
アメリカとソ連がまだ対立していた頃、両国の宇宙飛行士が宇宙からのコメントを「地球の写真集」に残していました。
そのコメントは国境や国益・イデオロギーをはるかに超えた共通のものだったように記憶しています。
1000年の長さで物を考えることはそれに通ずることのような気がします。
今ここで1000年の時の長さで考えることとはなにかわかりませんが、暮れに光り輝く「千年祭」を家族とともにそぞろ歩きしながら、
私もはるか遠き時のことを一生懸命想像してみようと思いました。