園長ぶつぶつ 2010

                            (園長ぶつぶつは月に一度掲載しています)

2010 11.1 ショパン生誕200年

ショパンは1810年にワルシャワで生まれた。20歳のときに父の国であるフランスに移る。身長170センチ体重43キロというスマートな体であった。

顔立ちも相まって、女性に大変もてたらしい。そこまでは昨日の NHK ハイビジョンの4時間番組での受け売りである。

「子犬のワルツ」や、「別れの曲」などなじみの曲は日本人のあいだでも広く親しまれている。あのお葬式の曲の「葬送行進曲」も有名だ。

この番組には多彩な方々が出演し生演奏を披露してくれたが、そのほかにも世界中の往年の名 ピアニスト の演奏も聞くことができた。

ホロビッツなんておじいさんの演奏なんて、まさしく名人芸、英雄ポロネーズをなんとも優雅に、でも内に秘めた力強さで弾いている。

ところで5年に一度しか開かれないショパンコンクールで日本のピアニストは大いに健闘していたことも知った。

中村紘子、小山実稚恵、横山幸雄、 山本 貴志なんて方々は優秀な成績を修めたそうだ。

一気に多彩な方の演奏を聴くと、同じ楽譜なのに本当に表現が違うと言うことだ。この「違ってよい」というところが芸術の芸術たるところである。 いや 人間 の人間たる所以でもあろう。

幼稚園での表現活動もまさしくこれと同じである。あなたの感じたところを大事にしてあげようとする姿勢をもって子ども達と接することである。

それは例えば「お絵描き」などと呼ばれる次元ではないことを大人は知っておくべきなのである。

番組の中で YOSHIKI は言った。「雨が降るとショパンを弾きたくなる」だって。

これまたカッコいい表現である。

 

2010 9.1 今年の運動会

呑竜幼稚園の運動会は毎年テーマがあります。こうしたテーマにそった保育の構築の仕方をかつてアメリカで見たことがあります。

その幼稚園(保育園)のテーマは「先住民」であったと思います。つまりアメリカに移住したアングロサクソン以前の人々のことを知ろうというものです。

インディアンと呼ばれる人々の生活や踊り、食べ物、服装、などを調べたり、実際に体験したりしていました。

個々の興味に基づいて個人もしくはグループ毎にかなり長期にわたって活動が展開されるといったものでした。

もっと昔の恐竜時代のことに関心をもつ子もいたようでした。

今回の運動会のテーマは「ビック・ワールド」です。

世界は広いんだ。いろんな人が、いろんな場所で、いろいろな食べ物を食べ、いろいろな服装で、いろんな仕事をして生きている。

違いはあるが、同じところもいっぱいある。いやみんな同じ人間なんだ。どのお父さんもお母さんも子どものことが大好きで、子どもは家族が大好き。

おやつを友達と一緒に食べるのが大好き。だから肌の色や着ているものや言葉で仲間はずれにすることや、まして遠慮することもない。

そんなことを感じながら、親子でする呑竜幼稚園の一大イベントの運動会を進められと考えています。

かつての運動会のテーマは「家族」「みんな」「飛ぶ・ fly 」「探検」なんてのも、あったっけ。

それらがどこで運動会と結びつくの!?と当惑はいつものことでした。

でもいいんです。初めてのことって、正解はありませんから。

前例なんか吹っ飛ばして、やってみましょう

そんな体験が 21 世紀の、今の子どもに(いや大人にも)必要なのではないかと思うんです。

 

2010 8。1 「全国学力調査の結果に思う」

7 月 30 日に平成 22 年度全国学力・学習状況の結果が文部科学省より公表されました。この調査は、小学 6 年生と中学 3 年生を対象として実施されているものですが、

今年度新たな調査項目として、小学校国語・算数と中学校国語・数学の調査結果と調査対象児童の小学校入学前の状況とのクロス集計(関連付けた集計)が新たな調査項目として加わりました。

小学校入学前の状況とは、幼稚園、保育園、そのどちらでもないに大きく分ますが、その状況と現在の学力調査の結果の比較をしたのです。

結論から言えば、全項目で幼稚園の卒園児は保育所の卒園児と明らかに優位の差で上位でした。卒園から6年、 9 年も経っているのに、幼稚園出身者の方が全てで結果がいいのです。

今、私立幼稚園の研究組織である全日本私立幼稚園幼児教育研究機構には報道各社から、この結果の理由に関するコメントが求められています。

研究機構では保育内容の差は特に言わず、幼稚園と保育園の設置基準の差だけを言っています。(いろいろと配慮しているのでしょう)

設置基準とは1例を挙げれば、幼稚園って自前の庭が無くては認可されません。保育園は近くの公園の利用でも OK です。

佐野ではどこの保育園も立派な庭をもっていますが、都会の保育園ではそうもいかないところが多いのです。だって駅前保育所なんてビルの中ですから。(それ親に便利だからと認可されています)

自前の庭なら、先生がいないときでも自分達で工夫して遊べます。勿論工夫できるような当園でいえば、マルチパネルや板や綱やゴムなど動かせる材料が身近にあることです。

主体性(自分からしてみようとする姿)はこうした状況の中で育ちなのです。遊び方の決められた公園ではそうはいきません。

研究機構では触れていませんが、何よりも大事なのは、幼稚園教育には明確な「ねらい」があります。

「ねらい」とは「こういう面を育てたい」という園(先生)としての「願い」であります。そして子どもの姿を良く見た上で先生は環境を準備します。

「環境を準備する」とは先生が口で指示して子どもに「やらせる」ということではありません。子ども達が思わず動き出す・やりたくなるような状況をつくることです。

私の言葉で言えば、良い「しかけ」を作ることです。しかけが良いと子どもは寄ってきます。動き出します。

つまり自分の意思で取り組みます。そこに仲間ができ、イメージを伝えあい、試行錯誤し工夫したりします。そうすれば満足感もあり、明日もまたしようねということになります。

実はこの作業(動き)にはエネルギーがいります。それは子どもも先生も同じです。その時間はそうですね4時間程度だと思います。(小学校低学年の授業時間も同程度です)

マラソンを走る選手は 400 メートルの選手のようには走りません。それなりのペース配分というものがあります。だから生活が長丁場の保育園ではこのような子どもの姿が見いだしずらいのかもしれません。

(国は保育園でも午前中の保育は幼稚園に準じなさいと言っていますが)

現に今行っている当園の夏休みの預かり保育( 8 時から 18 時)では暑さに対する対策もあり、通常の幼稚園での保育と同じように行いませんし、そうしないと子どもに負担がかかります。

さて長くなりましたが、幼児期に培われる学力の基礎は、 7,8 歳の壁といわれる抽象的思考を獲得していく過程で出現してくることに大きな意味があります。

つまり抽象的思考ができるためには、自分の体や心を思いっきり使った実際の仲間との体験が必要なのです。

幼稚園は先生と共に生活する豊かな環境の中でそのことをする場所です。決して、速く速くと小学校の学習内容を詰め込む場所ではないのです。

このたびの結果から見て、そのことに間違いはなかったということを全国の幼稚園の先生方が思っていることでしょう。

 

2010.71 ワールドカップ雑感

お年寄りの方からサッカーの話を切り出されるようなことは今まであまり無かったが、今回のワールドカップではそんなことがあった。

「明け方からワクワクしちゃって」とか「先生良かったですね」という話だ。

正直、開幕前の予想は私も 3 連敗かなであった。サッカーは他のスポーツにくらべ 比較的番狂わせがある競技だ。

力の差があっても負けないどころか 1 回きりのシュートがコロコロと入って勝利という場合もある。競技時間の 90 分というところも絶妙だ。

60 分でも 120 分でもないのがよい。60 分では運が影響する。 120 分では力の差が歴然となる。だから 90 分がちょうどいい。

体格のハンディも少ないと思う。アルゼンチンのメッシもマラドーナも身長は 170 センチに満たないプレーヤーだ。

190 センチを越える選手と 160 センチ台が平気でマッチアップしている。パラグアイの選手はプロレスラーのようだった。

しかし思うのだが、岡田監督はきわめてリアリストである。現実を見て、世論や感情に流されないタイプ。

カズをフランスの時に外したのも、今回俊輔を外したのもリアリストゆえのことだと思う。

自分の信じたことだけを進めていく、今少ない日本人の標本とも言える。

監督はつねに批判を受ける仕事だ。批判を受けなくてすむ監督は世界で 1 人だけ。勿論優勝監督だけである。今フランスの監督は国賊のように言われている。

これ当然のこと。どちらにしても、今回のワールドカップは 2 回の勝利があって何よりだった。そして 4 度のゴール。

国民はこのゴールでエネルギーを発散し、勝利で安眠できるからだ。(若者は寝ないで騒ぐようだが)

またワールドカップは国を感じるときでもある。日の丸を掲げ、君が代を歌う。パブリック・ビューイングに 6 万人も集まる。

人は連帯と感動を求めている。それがしずらいことが現代人の苦悩でもある。

試合後、松井選手は PK を外した同世代の駒野選手のことを一晩中、酒を飲ませると語った。

顔は細目で恐そうだが、いい奴だ。君からもくれぐれも気にするなと伝えて欲しい。

オシム前代表監督は PK 戦になるとロッカールームに消える。理由は PK 戦はもうサッカーでないから、見届けるのは監督の仕事でないと言う。あれはルーレットのようだとも言う。

そういえば息子の高校選手権も、キャプテンが PK をはずして終わった。

イタリアのロベルト・バッジョはアメリカ大会の決勝で PK を外した。そんなものである。だから私もあれはサッカーとは別のものだと考えている。

不思議なものでこれからのワールドカップは「ひとごと」である。

気が抜けたスパークリング・ワインのようだが、このワインは味がとりわけ上等なのでこのまま飲まない手はない。終わりまでじっくりと明け方に楽しむことにしたい。

次回のワールドカップは 4 年後、ブラジルで開催される。

全てのサッカー選手に告ぐ。準備はもう始まっている。今度は君らの出番である。

 

 

2010.61 心がゆれる



女の子が3つの誕生日を迎えるころ、弟が生まれた

女の子は赤ちゃんが生まれる前から、抱っこするのだと言って楽しみにしていたから、お姉さんになったことをとても喜んだ。

でも病院にお母さんを見舞った帰り、車に乗り込むやいなや「さびしいね。お父さん」とぽつりと言った。

少しして、お母さんと一緒に帰ってきた弟を、とても可愛がったのは言うまでもない。

「おっぱい飲みたいって泣いてるよ」「おしっこしちゃたって」と母親顔まけに想像力を駆使して弟の世話をやく。

久しぶりにお父さんが赤ちゃんをお風呂に入れるときには遅れてなるものかと追いかけるように入ってくる。

1年が過ぎて女の子は幼稚園に入った。弟もすくすくと育って、お父さんもお母さんもうれしさでいっぱいだ。

女の子はときどき弟が遊んでいるところへ行って、おもちゃを取ってしまうなんてこともするが、たいがいはいいお姉さんぶりを発揮した。

歩き始めてますます世話のかかる弟に、お母さんは大変だったけど、女の子にも十分に気をまわした。

一緒にケーキを焼いたり、花壇に花を植えたりした。幼稚園のお迎えにも一度だって遅れたことはない。

それでも女の子の心がゆれるときがある。お母さんに訴えるようなまなざしをおくることがある。

弟をうらやむようなまなざしをおくることがある。でもそのまなざしは長く続くことはない。女の子はすぐに元気に遊びだす。

そんな一瞬をお父さんお母さんは知っているだろうか。

子どもの心の小さなゆれに気づいているだろうか。

子どもの心はわた毛のように宙を舞うのかもしれない。

( 1992 年 仏教保育カリキュラム  6月号掲載のリメーク文章です)

 

2010.51 見つめる目

そこには子ども達の心をとらえるものがある。子ども達の心を動かすものがある。

その瞬間、子どもの心は研ぎ澄まされる。そんな「見つめる目」のある生活をあなたのまわりの子どもは送っていますか。

園での生活に慣れてきた5月。子ども達の生活はさらに広がります。広がるということはその分まわりのいろんなものが見えてくるということなのです。

今まで泣いてばかりいた けん君。見えていたのはりえこ先生だけでした。先生のスカートを握り締めて立っているだけでした。

そばでゆかちゃんが楽しそうに砂遊びをしていてものり君が色水遊びをしていても心はそこにないのです。

早く家に帰りたい、お母さんに合いたい、そんな か細い気持ちでいるのですから、見れども見えずなのです。

でも優しい先生がいつもそばにいてくれたり、何かあったら助けてもらえることがわかると、目の輝きは一変してきます。

子ども達の目は好奇心に満ち溢れもう先生だけしか見えない状態ではありません。

青空を飛び交うつばめの宙返りに、春爛漫に咲き誇る花々に、石垣を早足で走り回るとかげに 

その瞳を一心に向けて「見つめ」ます。

好奇心は子ども達を動かす原動力となり子ども達の中に新しい世界が広がり始めます。

それらはただ自然に起こってくるのでしょうか。そうではありません。

先生との信頼感に裏づけられた心の安定がなくては生まれないものでしょう。

静かにそのことを考えたとき、保育者に必要なものも慈愛に満ちた子どもを「見つめる目」であるような気がします。

そんな保育者の眼差しが5月の光のように子ども達を生き生きと輝かせるのです。

( 1992 年 仏教保育カリキュラム  5月号掲載のリメーク文章です)

2010.41 「泣く理由」

水がゆるむ春の小川、子どもが裸足で川に入る。こんなきれいな川が、まだ残っている。

「あぶないよ、そっちのほうへいっちゃ」そんな声もどこ吹く風。子どもは自由にかけまわる。

菜の花が風にそよぐ田舎の土手。その後ろには雪の残る山並みが美しい。慣れてくると子どもは大胆になってくる。

はらはらする母の注意も聞こえない。右に行ったり、左に行ったり。動きまわること自体がすべてにまさる目的。

自然は子どもを元気にさせる。自然は子どもを自由にさせる。何も考えることのない時間をもてるのが子ども。すべてに楽しさを見つけだせるのが子ども.

と思いきや、思わぬところにあるのが落とし穴。調子よく遊んでいたのに、川の石に足をとられて、子どもは水の中に顔からつっこむ。

頭も胸も水びたし。鼻にも口にも水が入り込む。気持ちよい川は意地悪な川にあっという間に変身する。

痛いから泣いたのではない。水がイヤで泣いたのではない。それらがすべて急だっただけのことなのだ。なんの前ぶれもなく急に変わることに子どもは戸惑う。

川は仲良しの友だちだったはずだ。そのことを信じて疑わなかった。なのに、なのにどうしてなのかと子どもは驚く。

泣く理由はそのことなのだ。子どもは泣く。変わらぬものをさがして泣く。いつもどおりを求めて泣く。

そんな時、お母さんが「あらあらころんじゃったのね。びっくりしたわね。こっちにいらっしゃい。お着替えしようね。」といつものように微笑みかける。

そのいつもの姿が子どもを安心させる。子どもは泣きやむ。

「なにがあってもお母さんがいてくれる」という確信を持てたとき、子どもは泣き止む。

それは川がもう一度仲良しの友だちにもどるときである。

( 1992 年 仏教保育カリキュラム  4 月号掲載のリメーク文章です)

 

 

2010.3.1 「祈っていただけますか」

大宮アルディージャという J1 のサッカーチームがある。そこに塚本泰史という DF がいる。

背番号は2 大学卒業後 3 年目のシーズンに入ろうとしている将来を期待されているサッカー選手である。彼に思いもよらない試練が訪れたのは2010の正月である。

サッカーシーズンの開幕を控え、チームのメディカルチェックの場で、彼の右足のひざに痛みがあった。去年の夏ごろから感じていたものだという。

そのことをチームドクターに伝え、検査をする。 MRI など駆使した結果はひざの骨の骨肉腫。つまり骨の癌である。

治療は今の骨を除去し、人工の骨を移植すること。日本人離れした無回転フリーキックを右足から繰り出すサッカー選手にとっては致命的な手術ということになる。

手術をしないで、つまりサッカーができる可能性を求めての病院めぐりは日本中、いや海外にもおよんだ。しかし答えはみな同じであったと聞く。

2 月27日、彼は手術することを会見で述べた。私がそのことを知ったのは翌28日。早朝に何気なく開いたサッカー関連のサイトであった。

塚本選手は息子の駒沢大学のチームメート。二人とも副キャプテンとして日本一をめざして戦った仲間である。

プロになってからは息子と違い一年目から活躍し、 J1 の 2 年間で 20 試合以上に出場していた。

背番号が 2 ということは将来の大宮を背負って立つ期待のあらわれである。右足から出される FK はインターナショナルで見た人は忘れない。

彼の父親とは息子の大学入学からの付き合いであるが、私が彼なのか彼が私なのかいまだに見定まらない。

息子達の試合をどれだけ見たことか。勝って飲んで、負けて飲んだことか。なのに、こんなに尽くしたのにサッカーの神様は非情である。

いやそう思うしかない。どうして泰史なのか。どうして今なのか。どうして足の骨なのか・・・・・

このことをこうして書くことも丸一日悩んだ。彼やご家族の苦悩を私などが言葉に代えていいものかと。しかし悩んだ結果、皆さんにお願いしたいと思った。

サッカーの神様にもお願いしたいと思った。それは彼の会見を聞いたからだ。

まる 2 ヶ月の苦悩の末の言葉の数々。 24 歳の青年の苦渋の決断の言葉を聞いたからだ。泰史は一人ではないことに気付いている。

大宮アルディージャの掲示板のみならずサッカーを愛する人たちの間に泰史に激励の声が満ち溢れている。

開幕戦には癌との闘いを開始する彼への応援コールが日本中のスタジアムに響き渡ることだろう。

ただ今私達にできることは祈るしかないということだ。ひたすらに祈るしかないと思ったからだ。

だから、このことを知った方すべてに方に「祈って欲しい」とお願いする。

泰史の 3 月 10 日の摘出の手術がうまくいくことを。そして彼の右足からのあのスーパーキックがもう一度見られることを。

J1  2010シーズン、大宮アルディージャの DF 背番号2は塚本泰史である。

 

2.1 「自然体のすすめ」

先月は映画の話を書いたが今月はテレビドラマの刑事コロンボで行こうと思う。

このドラマ最初の放送が1969年というから「2001年宇宙の旅」同様40年以上前からである。

70作近い本数を数える人気シリーズで誰もが一度は見たことがあると思う。

ピター・フォーク演ずるコロンボは殺人課の刑事で奥さんに頭が上がらない様子で「うちのかみさん・・・」が口癖である。

よれよれのレインコートは、ピターの私物であるという。安タバコに18万キロは乗っているボロ車はプジョーで当時のアメリカではめずらしい。

犯人が最初に分かるのがこのドラマの特徴である。

日本での古畑任三郎のドラマと共通する。この形式でないと60分から75分くらいの放送時間帯の中に納まらないそうだ。

つまりこの男が犯人か?それともこの女か?と謎をかけていると役者も多くなり、描写も複雑になるからだ。

犯人がエスタブリシュメントであるところもこれまたドラマの特徴である。

社会的地位が高く一様にかっこよく、お金持ちである。ゆえにコロンボのことを最初は馬鹿にする。

サスペンスであるが、このドラマには様々な人生や人間模様が描かれている。

人の価値観や生き方が色濃く出ているところも面白さの秘訣であるのだろう。



さて結論だが、このドラマを見るにつけコロンボは物事の不自然さに対してきわめて敏感であると思う。

普通ならばこうするはずだ、こうなるはずだと当たり前に考える。

つくづく人間社会というものは作意があったり、偽りがあると不自然になってしまうものである。

自然体という言葉もあるが、私は生きていくことに対して自然でありたいと考えるが、

なかなかそれができないことも事実である。

時として子どもはコロンボのようでもある。

お父さん、お母さん、そして保育者のみなさん。子どもの言葉にドキッとしたことはありませんか?

私はあります。だいたいにおいてそれは自然体でないときです。

 

2010.1.1 「明あけましておめでとうございます」

私の学生時代に「 2001 年宇宙の旅」という映画があった。

1968 年のキューブリックという映画監督による作品であるからなんと今年で 42 年の歳月がたっている。

スターウォーズの映画の元になったような斬新な映像と難解なテーマのものであった。

ここで何が言いたいのか。

それは当時 2001 年の未来さえも、もはや 10 年も昔になっているということである。

遠い未来のような気がしているが、時間は矢のように過ぎ去る。未来はあっという間に過去になってしまうということなのだ。

暮れに旧知のご夫婦にあった。学童野球の監督をしていた方だ。

当時私はサッカーの監督。両方とも若かりし(?)熱血監督だったと自負する。

話は子供のことに、そしてもっと子供がいたらよかった。ということに落ち着く。そばで笑っている奥さんたち。

子育ての時間は過ぎてしまえばあっという間のものです。繰り返して言うが時間は矢のように過ぎ去るものです。

だから、いのちのバトンを渡した子供と有意義な時間をお過ごしになることを園長として、そして一人のおやじとして願いたい。

幼稚園児をお持ちのお父さん、お母さん。今が一番良いときなのですよ。

良いお正月お過ごしください。

 

 

 

 


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