
園長ぶつぶつ 2005 (園長ぶつぶつは月に一度掲載しています) |
2005. 12. 1 「・・・意図のある保育とは・・・ 」 私は保育者としての態度として子どもの中に何をどう育てたいのかを 幼稚園教育の中ではもっと明確にする必要性を感じています。 (とは言っても保育者の意図とは別なところで子どもたちは育つことも多々あることも事実でありますが・・・・・) 例えば、花を植えることは何を意図するか 考えてみましょう。 ある保育者は 花の美しさに気づいてもらいたいかもしれない また、花の生長や変化に気づくことを願うかもしれない。 実のなる花木なら食べることも意図でしょう。難しいことを言うことはしませんが 子どもの中に何をどう育てたいか 保育者である「私」としての意図を明らかにすべきであるということです。 それは、子どもは 子供同士だけ で育つことなどないという事実に基づく考えです。 子どもの成長はその過程の中に必ず大人が介在します。 介在するのが立派な大人であればいいが、立派でなくてもだめと言うわけではないところが面白いですね。そこが人間は不思議なところであります。 繰り返し言いますが子どもは大人の思いどおりに動かない場合もあります。 いやその方が多いかもしれません。それでも大人の「意図」は大切なのです。 子どもに対する直接的な言葉や行動も勿論ですが、彼らを取り巻く環境はそのために構成されるべきであります。 「環境による教育」であるはずの幼稚園教育はそのことにもっと関心を持たなくてはならないと思っています。 例えば「祈りや癒しの空間」・「知識獲得のための広場」という意図のある環境が今の幼稚園教育の中に明確に見出せるか。 もしも「知らず知らずのうちに体を動かす環境」があるとすればそれはどんなものか。そんなことを考えることです。 「それはこれでございます。」と常に現物を見せろというわけではありませんが、そうしたことを我々保育に携わるものが常に構想しないのは悲しいことだと思います。 園舎という建物ひとつとっても、それが学校の小さいものなのか 個々の家の大きくなったものなのか そのコンセプトにより意図は変わってきますから。 保育者はもっと子どもの前でイニシアティブを持つべきではないでしょうか。 (それは権威的であることではないです)あれこれ子どもに言ったら自主性が育たないなどと(子どもを)見くびることのないようにしたいものです。 時には大きな壁となって子どもの前に立ってみることもすべきだと思います。 12年に一度の公開保育が今年当園に回ってきました。 意図のある保育を見て頂きたいと思います
2005. 11. 1 「ブレーク ・ スルー 」 昔、「ブレーク・スルー」 という言葉を教えてもらった。 既成の “ 枠を突き破っていく ” という意味なのだそうだ。 場所は、日大佐野高校の卒業式。 教えてくれた人は、PTA会長の青山さん。 青山さんのお嬢さん二人は、呑竜幼稚園の卒園生である。 若い人たちに、自分の殻を突き破り、活躍して欲しいとの思いの挨拶と聞いた。 時は移り、この間、私が教えている足利短期大学と佐野短期大学の学生に、当園の運動会のビデオを見せた。 その感想は ・・・ 「私の知っている運動会とは、はるかに違ったものだった。」 「こんな楽しい運動会があるのですね。」 「親も子も一緒だ!」 「私もこんな運動会をしたかった!」 などである。 人には誰しもそれぞれ持っているイメージというものがあります。 「○○とはこんなものである」 というイメージだ。 運動会ひとつとっても同じである。 呑竜の運動会のビデオは、彼女らの運動会というもののイメージを、 多少なりとも 「ブレーク・スルー」 したと思う。
幼児期だからこそ出来る事をしたいね。 いろいろ考えると、何でも出来る幼稚園。 パパとママと力を見せてもらわなくては。 こんな想いがあると、当然やり方は多様になる。 実は、それを考えることが、最高に楽しいことなのである。 前例は、 貴重だ。 しかし、前例に縛られることはない。 だから呑竜の子どもたちには、いつも世の中で 「ブレーク・スルー」 して行って欲しいと思うわけだ。 そのためには、精一杯の 「ブレーク・スルー」 を大人がやってみせてやることだ。 いかがなものでしょうか? ちなみに、青山さんの当時の運動会での仮装は、スペース忍者のお頭であったと思う。 あれも、青山さんのおやじとしての 「ブレーク・スルー」 だったのかもしれませんね。
2005.10.1 「赤ちゃんを抱っこして」 この間、スワック(呑竜幼稚園未就園児教室)に来ているお子さんの弟にあたる赤ちゃんを抱かせてもらった。 生後5ヶ月くらいの月齢である。泣かないで腕の中に納まってくれた。 ミルクの匂いがかすかに感じられた。 いたるところがぷよぷよしていてなんとも不安定であるが一生懸命わたしの腕につかまってくれている。 その笑顔を見たとき、「この子はこの子の人生を歩むのであろうな」と思った。 わたしにも3人の子どもがいるので 過去において赤ちゃんの最高に可愛いあのポーズを何度も見たことがありますが、当時はそんなことは思いもしなかったものです。 そうなんです!「 人間というものはどの子(人)も間違いなく一人の独自な存在なんですね! お釈迦様が生まれたときに言われた言葉「天上天下 唯我独尊(てんじょう てんが ゆいが どくそん )とは あかちゃんを抱かせてもらってそんなことを感じた秋の日でした。
2005. 9.1 「児童虐待をなくすには」
まず最初に昨年の小山の悲しい事件の犠牲者になった二人の幼児への黙祷があった。 主催は栃木県と栃木県小児虐待防止ネットワーク、場所は栃木健康の森の講堂にびっしりの参加者であった。 世の中のこの問題に関する関心の深さがよく感じられた。学生さんや民生委員の方、里親の会の方もいたようだ。 基調講演は「子どもの権利擁護サービス」副題を地域における児童家庭相談体制の充実と題して高橋重宏先生(東洋大学社会学部教授―日本福祉学会会長)のお話。 続いてのシンポジュームは民生委員の方や県南児童相談所の所長さん、 虐待は許さない!というのは当然だしよく言われる。でも虐待はされてる子どもも、している親も被害者のような気がしてならない。 園にいると24時間子どもと一緒にいなくてはならないママ達の声をよく聞く。 「園長先生、子育て中はトイレにゆっくりと入りたいというのが本音ですよ」 「ましてはお風呂なんて夢また夢よ」 そんな訴えを聞くと子育て中のママ達の肉体的そして心理的なストレスも理解できる。 虐待はいけない。誰しもまさにそう思う。 ただし 虐待もう1歩という瀬戸際にいるそんなママ達の気持ちも世の中がわかってあげねばならない。
2005. 8.1 「夏の研修会 」 幼稚園の夏休みは先生方の研修会の時でもあります。 栃木県の全部の先生が1400人も集まる大きな大会が7月の25,26日に宇都宮で開かれました。 大会の責任者である私は今年の全体会のメイン講師に 大阪の園長先生をお呼びしました。私の古くからの友人であります。 今回は 彼 安家(あけ)先生の話の中で語られた素敵な詩を紹介いたします。 それは くまのプーさんの原作者の A A ミルンの詩です(訳 周郷 博) 「6つになった 」 1つのときは なにもかも はじめてだった。 2つのときは ぼくはまるっきりしんまいだった。 3つのとき ぼくはやっとぼくになった。 4つのとき ぼくはおおきくなりたかった。 5つのとき なにからなにまでおもしろかった。 今は6つで ぼくはありったけおりこうです。 だから いつまでも 6つでいたいと ぼくはおもいます。 幼稚園にいる子どもたちの育ちを語るとき、安家先生はこの詩をよく使うそうです。 自我の芽生える3歳児の姿を 「ぼくになった」と 目の前の世界が急激にひろがりだした4歳児を 「おおきくなりたかった」と 園生活を自分のものにしはじめた5歳児を「なにからなにまでおもしろかった」と そしてしあげの6歳児は おりこうで 自信にみちています。 だから最高の子ども時代である子供たちの居場所。 幼稚園こそが彼らにふさわしい場所にならなくてはいけない。と思っていると・・・・ その日 先生は 呑竜幼稚園に来ました。新園舎を見るために。 先生は玄関の棚の上に ドングリ型の木の置物を発見しました。 「おおきに!」突然言い出すので何かと思うと、それは先生の園、あけぼの幼稚園の50周年の記念品でした。 その日は夕闇せまる佐野の街にありったけおりこうの(?)2人が繰り出したのは言うまでもありません。
2005.7.1 「7 月です!」 進級、そして入園と新しく始まった 17年度も今日から7月です。 お母さんがよくて時折泣き顔も見られた子もすっかり居なくなりました。 子どもたちは確実に育っていますから、どうぞこれからもご安心してください。 父の日ではりす、うさぎさんもみんなで一緒のダンスを楽しんでくれました。 年中さんは尚先生の交通事故がありましたが、さくら・たんぽぽの合同保育を逆に楽しみ乗り越えてくれました。 尚先生も 7月1日からは復帰してくれます。 年長は天井から吊るすほどのりっぱなお父さんを描いてくれ、そうした活動をとおして今クラスみんなの団結も深まってきてくれています。 幼稚園教育には「教育課程」というものがあり、 1年間さらには3年間のこどもの育ちの姿を時間軸とともに描いています。 先生はその育ちがはかれるように、活動を考え内外の環境を整えます。それが「保育」という営みです。 幼稚園教育は教科書がありません。しかし子どもにとって見るもの、聞くもの、さわるものすべてが教科書であります。 呑竜幼稚園になぜあんなにダンゴ虫を集めるのか。日光にハイキングに行くのか。砂場が広いのか。 バスマリンバやコンピューターがあるのか。園になったイチゴでソースをつくりヨーグルトで食べるのかなどなど。 それは子どもにいつも直接の体験を与える必要があるからです。 大人が考える何倍もの敏感な感性をもつ彼らだからこそ、フレシュで魅力的な刺激を与えてあげなければならないのです。 そして子どもはそれらを「遊び」という行為をとおして自分の中に取り込んでいきます。 よく「遊ぶ」ことはよく「学ぶ」ことと同じであり、遊びという誰にも支配されない自由な世界の中でこそ有効に確実に自分のものにするのです。 さあ今日から 7月。輝く太陽の下で思いっきり園生活を楽しみたいものです!
2005. 6. 1 卒園しても幼稚園 「ネーチャー倶楽部 発足秘話」 ユキ先生が幼稚園を辞めたいと言ってきたのは何年前のことだろうか。 理由を聞くと漠然と「私このままで人生いいのだろうか」と言った感じであったが、とりあえず、許可した。 ただしその後、職がないというので足利の大学の助手を世話した。 そこに職なしユキ先生の登場である。ほっておく手はなかった。 言ってみればこれが NSC誕生の経緯である。そんなことはどうでもいいことであるがNSCは確実に成長した。 「学校ではないが学べるところ。友達ではないが安心できる大人がいる。スポーツクラブではないが結構ハード。 NSCはそんな子どもたちの場所となってきているようだ。 私は今、私立幼稚園の可能性を追求している。民間だからこその発想の柔軟性と決断のスピード。 してやったり!!大いに NSCの自慢話をしてくるつもりだ。
2005.5.1 私は掃除機が好きです。 園舎ができてからはコードのない充電式のものを愛用しています。 職員室、園長室にはじまり、階段、ギャラリー、畳の部屋は私の部署と思っています。 さらに時間があると各クラスに回ります。特に部屋の前におかれた足マットは念入りに吸引します。 昔、ディズニーランドの常務さんの話を聞いたことがありました。 ディズニーランドでは子どもが かりに寝そべっても、 子どもたちは私が掃除機をかけていると、「何してるの?」とよく聞きます。毎日のことですが、挨拶がわりのようによく聞きます。
2005・4・1 30日のバーレーン戦を埼玉スタジアムに見に行きました。 6万人も超えるサポーターが熱い声援を送り、結果はご承知のとおり日本は1 - 0で見事勝ち点3をゲットしたというわけです。 白鳥は優雅に浮かんでいるようですが水の中では懸命に足を動かしています。 多くの子どもたちが中田選手、中村選手、小野選手と憧れていると思いますが、 世のお父さん!お母さん!私たちは代表のユニフォームを着なくてもいい。
2005.3.9 2005.2.1 佐野市には幼稚園・保育園・小学校の連絡協議会というものがあり毎年持ち回 りで 保育・授業を公開しています。 その日は幼稚園の活動を小学校と保育園の先生が見に来ており、節分にむけ ての豆いれの製作活動で した。 その理由に公立学校にはいろいろな宗教の方もいるので上に挙げたようなもの はできないのだそうです。 呑竜幼稚園ではやっていませんが、お茶の時間(茶道)を持つ幼稚園がありま す。 みほとけ様にお花をあげる行為の中にある何か。七夕の短冊に願い事を書く中 にある何か。 プール開きの日に園長が手を合わせ、塩とお酒を撒く中にある何か。 勿論 豆まきはおうちでもやってくださいね。家庭教育とは理屈ではありませんから。 それでは今年もたくさん福が来ますように。
2005.1.1 えらい人より りっぱな人に 子どもには偉い人よりりっぱな人になって欲しい えらいと思われていた人が会社や役職を辞めたとたん 厳しいとは他者を悪く言わず自分を省み、私を捨て公を大事にし、 りっぱな人は常に笑顔を絶やさず、 子や孫はもちろん多くの隣人から慕われ、頼りにもされる。 つまりりっぱな人はりっぱな親から生まれることを忘れてはならない。 (平成16年12月15日 全日私幼連 PTA 新聞掲載 )
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